終春賦 1945

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ただ、除霊の依頼を受けた私が最初この家を下見したとき、不思議なことにいつも感じるはずのおぞましい邪気や霊気は少しも感じませんでした。 感じたのは今にも消えてしまいそうなほどかすかな哀しみと寂しさ。それだけでした。 詳しく話を聞いてみると、恐ろしい霊の姿を見たという話はあるものの、危害を加えられた話や呪われて実害を受けた話は一つもありませんでした。 そこで今回は丸腰でそこへ除霊に行こうと思い立ちました。敵意を示さない為に霊の害意を砕く法具や護身の符も一切身につけません。 恐ろしくないのかと言われたら、確かに多少は怖いし、不安もあります。 だけど、浮かばれぬ魂や憎しみに歪んだ霊を鎮めて天に還すという奇特な仕事をしている以上、大なり小なり不安や恐怖はつきまといます。 私はいつも除霊師というという自分の仕事をそんな風に割り切っていました。 それに、好奇心もあったのです。 下見に立ち寄ったとき私が感じたのは寂しさだけではありませんでした。 それは何かを想い慕う、美しい感情でした。 何かを憎み、怨んで、魂のあるべき形が歪み、おぞましい姿をした霊魂ならいくらでも見てきました。 そして、除霊のために近づくと霊魂から吐き気を催すような瘴気を嫌でも嗅がねばなりませんでした。     
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