終春賦 1945

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だけど、この家にからはそんな匂いを少しも嗅ぎ取ることはありませんでした。 では、どうしてそんなに恐ろしい姿になってしまったのでしょうか? 私はそれを知りたいという気持ちもあって、敢えて無防備な状態でこの崩れた家へと足を踏み入れたのでした。 屋根は茅葺(かやぶき)でした。 手入れもされず長い間放置されているうちに、屋根から柱や梁木へと腐敗が進んだようです。 壊れた玄関から見渡すと屋内はほとんど朽ちていて、腐った嫌な匂いがしました。 縁側の破れた障子戸も風雨に晒され、腐った床板から落ちた畳は半ば土と同化しています。私は顔をしかめるとその場を離れて庭へと歩を進めました。 しかし、そこも雑草が生い茂り、庭と言うより野原のようになっていました。 そこに一本の木がぽつねんと立っていました。 捻じくれた、小さな桜の木。 かすかな霊気はここに憑いていました。 過去に火事にでも遭ったのか焦げて黒く変色しています。その後、まっすぐに成長することが出来ず、まるで苦悶するように捩れてしまったようです。本当なら、もうとっくに朽ちて枯れているはずの木でした。     
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