終春賦 1945

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取り付いた霊気はそれを懸命に枯らすまいとしていたようでした。木は最後の力を振り絞るようにして花を咲かせていましたが、ほとんどの花びらはもう風に散ってしまっていました。 本来なら花に代わる緑の芽吹きもほとんどありません。この木にはもう、新たな季節を生きる力すらないようでした。 私の感じる霊気も今にも消えそうなほど、か細くなっていました。 人の生に例えれば、それは臨終に近いことを意味していました。 他に手がかりはないのかと思って目を閉じ、自分の周囲に気を巡らすと、家の中に何かを感じました。 それは、桜に憑いた霊気と何か繋がりがありそうでした。 土足のまま砂と泥で汚れた縁側に上がり、床板を軋ませて、座敷らしい部屋へと入ります。部屋の中には家具らしいものもありましたが、私が感じたものはそこにはなさそうでした。箪笥の陰を覗き込むと、桐で作られた手文庫がありました。 きっとこれです。 蓋を開くと、変色した薄紙に大切そうに包まれた手紙が入っていました。 私は、心の中で勝手に読む失礼を詫びると、手紙を静かに開きました。 手紙には丁寧に書いた金釘流で、こんな文章が綴られていました。 ――春の広島は桜がとても綺麗です。 貴女とこの桜を一緒に見たかった。 中には日のあたらない場所で咲いている花、痩せた土壌で苦しげに生きている木もあります。     
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