終春賦 1945

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木や草花は自分で生きる場所を選べません。 だけど、どんな場所でも深く根を張り、花を咲かせ、精一杯生きようとします。 そんな健気な姿を見ると、私はどんな時でも、どんな場所でも、一生懸命生きようと思うのです。 私の船はこれから沖縄に向かいます。 帰って来たら、もう一度貴女とあの桜の樹の下でお会いしたいと思っています―― 手紙には潮の香り、鋼鉄の匂いがごく僅かな気配となって残っていました。 そして文面には、誰かを大切に慈しむ、やさしい想いが遺されていました。 でも、それは私がこの家を下見に来た時感じた、美しい感情の持ち主とは別の人のようでした。 私は、残された僅かな気配を頼りに、更に気を集中しました。 そうすることで、その手紙を書いた人の人となり、その人の時代と運命を辿ってゆくことが出来るのです。 私の脳裏に浮かんだおぼろげな景色は次第にはっきりとした輪郭と色合いになってゆきました。 垣間見たのは様々な情景でした。 桜の花に似た淡くささやかな恋、暗闇のような絶望の時代、運命に抗い立ち向かう人々、炎と嵐が吹き荒れ血に染まる空と海。 そして、私が最後に見たものは…… 「そう、そうだったのね」     
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