終春賦 1945

6/11
前へ
/11ページ
次へ
私は、涙を拭うとその手紙を胸にしまって縁側から庭に出ました。周囲を見回します。手頃な板切れを拾って折ると、何とかスコップ代わりになりそうでした。 桜の木に歩み寄ると、その根元の土を浅く掘りました。手紙を広げてそっと置き、文面を隠すように土を被せました。 「この手紙を書いた人を、貴女はずっと待っていたのね」 手紙を埋め終えた私は、桜の木に触れて語りかけました。 はっきりわかったことは、この木に憑いた霊魂は人に祟るような害意などなく、ただ手紙の送り主をもう何十年も待ち続けていた……ということでした。 そして、何もしなくとも生気の絶えたこの木と共にもうすぐ消えるということでした。 この哀れな霊魂をこらしめて駆除する必要などない、このままそっとしておいてあげよう、私はそう思いました。 そうして、この家を出ようと庭から踵を返した時でした。 「ありがとう」 ふいに、背後から鈴を転がすような少女の声が私に呼びかけました。 しかし、驚いて振り返ろうとした私は「待って、こっちを向かないで」と悲しげな声に押しとどめられました。 「みんな私を怖がるの。だから振り返らないで。私を見た人はみな恐ろしい化け物だと言うのよ」 「そう聞いたわ。でも私は……」     
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加