終春賦 1945

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「ええ。あなたはとても強い力を持っている。私を消すためにここに来て、でももうすぐ私が消えることを知っていて何もしないでくれるのね」 「あなたはどうしてそんな姿になってしまったの?誰かを怨んでいるのでもないでしょうに」 「……」 ややあって、背後の声は静かに語り始めました。 「六九年。私は待ち続けたの。戦争は負けそうになって、とうとう沖縄まで戦場になってしまった。でも、あの人は約束してくれたわ。僕の乗っている船は絶対に沈まない船だからきっと帰ってくる……そう言って」 私は黙って頷きました。 手紙の気を辿って私が垣間見た情景は昭和の初めの頃でした。 そう、あの太平洋戦争の時代だったのです。 「最後にあの人がくれたのが、あなたが埋めてくれたあの手紙だった。私は信じて待っていたの。この桜の木の下で待っていたら、きっとあの人は帰ってくる。今度逢うときはもう二度と離れない。そう心に決めていたわ。でもあの夏の日、突然落ちてきた悪魔のような太陽が私を……」 まさか……私は息を呑みました。 沖縄戦のあった太平洋戦争最後の夏、広島に落とされた悪魔の太陽。それは紛れもなく人類が犯した最大の、あの禁忌に違いありません。 「そうだったの……」     
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