終春賦 1945

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私は手紙から感じた過去の情景を心に広げ、彼女に見せてあげました。 一九四五年四月七日。 地獄の戦場となった沖縄へ救援に赴くべく、広島から小さな艦隊が出航しました。 四年に渡る戦いで壊滅した日本海軍の最後の艦隊。 その中に、ひときわ威容を誇る巨大な戦艦の姿がありました。 それは強大なアメリカと戦うため、貧しい日本が必死に作り上げた不沈戦艦でした。 しかし、生き残った僅かな護衛艦を従えて出撃したその戦艦には充分な燃料も、上空を護るべき航空機もありませんでした。 艦隊は、たちまちアメリカ軍に発見され、攻撃機の大編隊から繰り返し空襲を受けます。死に物狂いで戦いながら彼等はそれでも沖縄を目指しましたが、最後にはとうとう力尽きて沈んでしまったのです。 そして、巨大な爆炎を天高く吹き上げて沈没した戦艦と共に彼女が待ち続けていた彼も戦死し、海の底深く沈んでいったのです。 ――私は、どんな時でも、どんな場所でも、一生懸命生きようと思うのです―― 戦争という過酷な時代の中でただ誠実に生き、時代の波に飲み込まれるまま。 愛する人が三ヵ月後に、残酷な運命に遭うことも知らぬまま。 「ああ、あの人は……あの人はずっと海の底で眠っていたのね……」     
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