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父の言葉に窓の外を見た。
草が生い茂る平地にピンク色のコスモスの花がいくつも咲いていた。
広くて高い秋の空に向かって伸びるように咲いていた。
ふいに、頭の中に思い出が蘇ってきた。
ああ…ここに玄関があったなぁ。
そこから続く廊下の奥、あの辺りに台所があってみんなでご飯を食べたなぁ。
もう記憶の中でしか戻ることのできない光景を静かに思い出していた。
父が言った。
「コスモスは倒れても地面に着いた茎に根を張りまた花を咲かせることができるんだよ」
その言葉は胸の奥深くまで染み込んだ。
私はずっと思い出と向き合うことを避けてきていたのかもしれない。
あの家で過ごしてきた日々を思い出すたび、もうそれが二度と叶わないことだと気付かされてしまうのが悲しくて。
「へぇ、そうなんだ」
父の言葉とコスモスの花に力を貰えた気がした。
思い出に蓋をしたまま生きるのはやめようと思った。
黒い屋根の白い家。
失ってしまった大切なもの。
だけど、ずっと在り続けてる。
心の中に、記憶の中に。
今も忘れない。
ずっと忘れない。
忘れるわけない。
あの家で起きたたくさんの出来事を。
fin
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