夢の中

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最初の頃はなぜ自分がそこにいるのか分からず、ただ桜の木のそばに立っていたり、見上げたりしていただけだったのだけれど、ある時、そっとその幹に触れてみた。それは特に温かい訳でも冷たい訳でもないゴツゴツとした皮に覆われた木だった。そして私は今度はそこに耳をつけてみた。目を閉じてギュッと耳を押し当てると、ゆっくり静かに心音のようなリズムが伝わってきた。 「あ、生きてるんだ」 そう思った日からは夢の中で会うその桜の木を、私はまるで友達のように思っていた。そして夢で会うと、私は挨拶をするように触れて、木の根元にもたれて座り、その温度を感じながら同じ風に吹かれ、同じ景色をみつめていた。 桜の花が満開になった去年のちょうど今頃、友達に誘われて私は15,6人が集まる花見へと出かけた。たまたま隣になった男性とビールを飲みながら話をしていたら、ふわっと風が吹いて桜の花びらがひらひらと降ってきた。そのうちの一枚がその人の髪にふわりと乗った。 「あ、花びらが」 と、取ってあげようとした時に彼が着けていたペンダントが目に入った。シルバーのチェーンの先にぶら下がったペンダントトップに刻印された文字”espoir”。 「あ、そのペンダント・・・」 「これ、お気に入りなんですよ。espoir、希望という意味のフランス語らしいんですけど、実は僕、これをいつから持ってるのか記憶が無いんです。でもなんだか妙に気に入っていていつも着けてるんです」 その時もう一度強い風が吹いて、彼の髪についた花びらはまたどこかへ飛んで行った。     
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