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side渚 困った。 可愛い波留は俺たちに頼らず一人で生きてゆくつもりだ。独り立ちは嬉しい、逞しく育って優人さんだって胸を張る思いだろう。 で、も、だ。 俺たちのでろっでろに甘やかしたい願望の行き場はどこだ、何処にもない、行き止まり。波留は俺たちを選ぶと思ったのに、一緒には住めませんと頭を下げてきた、可愛い。 これはもう、籠絡しか手はない。 俺も八潮も特別男が好きだと言う訳じゃない。若くして俺たちを産み、女手一つで育てくれた母を愛してくれた優人さんの子だったからこそ愛したのだ。 優人さんが見せてくれた幼い頃からの数々の写真、その中ですくすくと育つ波留。一目見た瞬間、天使だと思った。笑顔も泣き顔も怒った顔も、寝顔も全部、俺たちは人知れず見守って来た。勿論これからも見守るつもりだ。 優人さん決して貴方のせいと言うわけではないけれど…。思春期の男の子の心にショックを与えない為とは言え、長いことお預けをくらったせいで俺も八潮も愛情が少しばかしひん曲がってしまった。 可愛い波留、この手で囲う為ならば何だってするし、何にだってなる。 波留が望めばどうこうなったっていい、望まなければ兄弟として支えてゆく。八潮も俺もそう思ってる。だけど、だけど、俺たちの可愛い天使が誰かのものになるのも頂けない、手垢がつかない様に側で見守りたいのだ。 だから、大人の狡さを発揮する。心の弱い部分を刺激して、気持ちがこちらに傾く様に。 ごめんね、波留…。 「波留は、さ…波留は引っ越しても俺たちとこのままの関係が続くと思ってるのかな?」 「…え、」 「マンション買って、一人暮らし始めて、波留が心穏やかに過ごせる様になったんだなって思ったら、俺や八潮が部屋に通う頻度は減ると思う」 決意を新たに強い眼差しを向けていた波留の瞳が、不意を突かれた様に揺れた。こくりと唾を飲んだ喉仏が上下する。八潮は腕を胸の前で組み、俺の話を黙って聞いていた。
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