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可愛い波留、可哀想な波留…。 あぁ、ほら君は俺達の手の中で愛らしく揺れるんだ。 慌てて靴を履いたのだろう、踵は踏みっぱなし。肩にかけた鞄ばずり落ちて膝の辺りで蟠る。名前を呼ぶと、テンパったようにドアノブを回して外に出ようと躍起になったがその手は震え、中々上手くいかないようだ。 「波留!」 「ーーーっ…」 「ごめん、ごめんな、波留、意地悪が過ぎた…」 悲壮な声を出し、俺よりもうんと小さな体を背後から抱き締めて、ドアノブに置かれた手にそっと触れる。泣いて震えて、耳まで真っ赤だ。その色付いで美味しそうな耳に、ふっと息を吹きかける様に囁く。 「一人なんてしないよ、絶対にしない」 「…か、家族ってっ、い、言ったからッ」 「そうだよ、家族だよ…ごめんね波留」 不安で堪らないのだろう、身体を捩り腕から脱け出ようと足掻く波留。涙を流し、嗚咽を漏らす度に跳ねる肩を宥める様に摩ってやる。 「好きにすれば良い。俺も八潮も、波留ちゃんが大好きだし、何を選択したって支える、守る、ずっと一緒だ」 「…、…、渚さ…ん」 白々しい事この上ない、実に滑稽だ。柔らかな心を押しては引いて、それはまるで打っては返す波の様。波打ち際に落ちた美しい貝殻を飲み込まんとする波の様。このままずっと、この腕に留めておく為ならばなんだってやろう。誰彼に、飛んだ茶番だと嘲笑されようが構わない。 「そうだ!」 小刻みに震える肩を抱き、場の雰囲気を変える様な少し高い声を出す。その声にゆるゆると顔を上げた波留が目を瞬たいた。前髪をかき上げてやると、露わになる目元は赤く、唇も艶っぽい。子供と大人の中間、危うい魅力で俺達を惹きつけて止まない波留。こんなに可愛い人を、そう易々と手放せるわけがない。 「今日はうちに泊まっていきな!」 「…こ、ここに?」 「そ、ここに!波留のお家には沢山泊まったけど、波留がここに泊まった事は無かっただろ?」 「…でも」 「高校卒業したら、大学で今以上に忙しくなるだろうし、友達付き合いも増えるだろ。そしたら嫌でも一緒に過ごす時間は減るさ、だから…波留ちゃんの事が大好きな兄ちゃんの我儘だと思って、な?」 聞いてくれるだろ?そう言えば、断らない事なんて承知の上だ。 さぁ、もう少し、俺達の思惑に翻弄されてくれ。
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