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side 波留
渚さんに連れられてマンションを出だ僕は、近所のスーパーに向かう道すがらずっと上の空だった。
見兼ねた渚さんは、危ないからと言って僕の手を引く。すれ違う人の視線を感じて唐突に思い出したのは、先月の授業参観の事だった。
あの日、偶々リビングに散らかしたプリントの中から参観の知らせを見つけた兄達は、嬉々として授業参観に現れた。
二人の兄は勿論どの父兄よりも若く美しく、クラスメイト達にこんなにも素敵なお兄さんがいるなんて羨ましい!と口々に言われるのが、単純に嬉しかった。
見て、僕の兄達はこんなにも格好良くて、優しくて、血の繋がらない僕を弟だと言い可愛がってくれているんだよ!学校中の皆んなにそう言いたい程の言い知れぬ高揚感。
そんな高揚感に歪みが生じたのは、本当に些細な出来事だった。
参観後の懇談会に参加しないと言う二人を連れ立って、騒がしい教室から廊下に出ると、見計らった様に現れた彼女、担任教師がふわりと笑って兄達に挨拶をしたのだ。
「あぁ、波留がいつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそ…ご両親の事があってから少し元気が無いようで心配していたんですけど、最近は笑顔も戻ってきた様で…」
当たり障りの無い会話を交わす八潮さんと担任教師。
良く言えば大らかで寛容な、悪く言えば事なかれ主義。派手でも地味でもない人畜無害な女教師、そんな彼女が顔の横の髪を仕切りに耳にかけ、頬を染め兄達を見上げていた。
僕らより幾らか年上で、姉の様だと皆んなに慕われている彼女が、初めて見せた女の顔。上等な男のお眼鏡に叶おうとする、女の顔。
それが堪らなく不愉快だった。
言葉を交わす度に兄の様子を伺う様に見上げる、その上目がちな瞳を見て感じたのは嫌悪感。
次いでそんな目で兄達を見てくれるなと沸々湧く負の感情。そしてふと考える、何故こんな風に思うのか?これではまるで嫉妬しているみたいではないか。
(…僕、やっぱり変なんだ)
いつかの昼休み、兄達の事を相談した折に親友に言われた言葉が脳裏をよぎった。親しくし過ぎるのは、距離が近過ぎるのは、兄達を好意的に思う人の視線に不快感を感じるのは、変だ。
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