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何となく視線を落とすと、また誰かが近づい来る足音が聞こえた。 今度はとても慌ただしい、バタバタと酷く焦った足音が二つ。 「八潮!」 「母さん、渚…」 「…波留君?」 僕の手を握っていた八潮と呼ばれる人は、立ち上がって二人を迎えた。 一人は派手な男の人、僕の名を呼んだ人は、八潮さんの様な大きな息子がいるとは到底思えない、優しげな女性だった。 女性は八潮さんの様に僕の前で屈み、柔らかな手で僕の手を握る。悲しみに涙を流し、温もりを分ける様に僕の手を摩る目の前女性。 僕は、この人を知っている。 「…優子さん…優子さんですか?」 「波留くん、私の事…」 「僕、貴方のことを知っています。父さんが言ってた、優人って名前と一文字違いで、優しい人…今度、僕に紹介したいって、昨日、言ってました。会わせるのが楽しみだって」 そう言って照れ臭そうに笑う父が頭の片隅にいる、ツキンと刺す様な妙な感覚がした。 途切れ途切れな僕の話を一生懸命聞いてくれる優子さんは、僕が言葉を紡ぐたびにひらひらと涙を流している。 生前父は、この人を愛していた。 何年かのお付き合いを経て、僕に紹介したいと言ったのは昨日の話、紹介したい人がいると笑ってた。 「八潮も俺も、波留に会えるのが楽しみだったんだ」 「この歳になって弟が出来るなんてな…優人さんに君のお兄さんになって欲しいと言われて、本当に嬉しかった」 僕は父が誰かとお付き合いをしている事なんて、父に言われるまで全然知らなかった。 あぁ、僕の知らない父がいる。 なんだ、そっか、父はこの人達にも愛されてた…よかった。 胸に去来したのは安堵だった、僕に構いっきりの父がちゃんと自分の人生を送っていたんだという安堵。 「…父に、会ってもらえますか」 「…」 「無理にとは言いません、でも…父さん喜ぶと思う、あの、顔とっても綺麗なんです傷一つなくて、だから、怖くないと思う」 まるでそうする事が正しいという様に、僕の身体は自然と動いた。
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