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軽やかなBGMのかかる店内には彼しかおらず、言われるままについてきてよかったものかと途端に不安になったものの、両親の店を継いでリノベーションしたのだと得意げに自慢する彼に絆され、すっかり警戒心を解いてしまった。
さぁどーぞと勧められた座り心地のいいスタイリングチェアに腰掛けて鏡の中の自分とご対面。見慣れたうだつの上がらない顔に辟易する。溜息こそ噛み殺したけれど、顔を顰めるのをやめられなかった。
「自分の顔が嫌いなの?」
「自分の顔が好きな人なんているんですか?」
「僕は結構気に入ってるけど」
「…」
不貞腐れた様子をみて、一層楽しそうな顔をした彼は側の椅子に腰掛けてさらさらと僕の髪を触り出す。柔らかな手つきが気持ちいいのだけれど、鏡ごしに合う慣れない視線に戸惑った。
「最初はね、綺麗な髪だなと思ったんだ。後は…なんとなく外を見るとタイミングよく君が店の前を通っててさ」
その度に深くなる俯き加減が気になってと困った風に笑う。この五日間で最も俯いていたからというのが、今日声をかけた理由だと打ち明けた。
ケープをかけられて暫く、耳の横でシャキシャキと鋏が入る音がする。最初に言った通り、本当に彼は毛先を整える程度に鋏を入れている様だ。
鏡ごしに彼を観察する。
鋏を握り髪を捌く姿は職人然としてて、迷いのない軽快な鋏の音にそれなりに技術のある人なのだと思い知る。毛先の具合や全体のバランスを見る目も真剣で、不意にかち合う視線に何故かドキッとして背筋が伸びる。その度に彼はふふと笑うのだ。
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