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その大金持ちの男は自分が年老いていくことを恐れた。
段々と人の名前が覚えられなくなり、昔の楽しかった思い出が曖昧になり、ひいては食事をいつ摂ったのかなんて誰かに聞くような状況になることが特に怖かった。
男はそんな悩みを知り合いの医者に相談してみることにした。
「ふむなるほど。つまるところ、あなたは痴呆症を予防したいと、そういうことですな。」
「そうなんだが、なにかないかね。」
「なにかとは?」
「だから予防法だよ。薬なり生活習慣なりそういったもので予防はできないものか。」
「普段から頭を使っていると痴呆になりにくくなるという話はよく聞くが。逆に、頭を使いすぎると痴呆になりやすい。という話も聞く。」
「つまりは、どっちなんだ」
「つまりは、確実な予防法はないという話だよ」
それを聞いた男は心底絶望し、いっそ今死んでしまったほうがいいのではないかとも考えた。
「そこまで悲観することかね」
「私にとっては、持っているすべての金よりも大事なことだ」
その話を聞いた医者は1つ男に提案を持ちかけた。
「痴呆症を予防するということではないのだが」
「ふむ」
「実はどうしたら物事を忘れないでいられるかについて研究を進めているところなんだ」
「そんな研究があったのか」
「あぁあるともさ、ところが実は研究費が底をつきはじめていて、にっちもさっちもいかなくなってきたという次第であるのだが」
「ほほぅ」
「そこでだ、もし君が資金援助をしてくれるというのであれば、この研究成果を一番に君に試してもらおうと思うのだが、どうだろう」
男は是非もなくその提案に乗ることにした。
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