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数カ月後、その医者が男の元を訪ねてきた。 「研究が完成したので、ぜひ君に試してもらおうかと持ってきたんだが」 「おぉ、ついに完成したか、で、それはどこに?」 「ここにある」 医者が取り出したのただの黒い箱だった。 「これで痴呆にならずに済むのかね?」 「正確には、忘れることがなくなるということだがね」 「いまいち違いがわからないのだが」 「簡単に言うとだね、毎晩寝る前に君の記憶をこの装置に記録して、毎朝その記録を脳に戻すことで、もし忘れてしまっても翌朝には元通りとそういうわけなんだ」 男はわかったようなわからなかったような気持ちでいたが、それを察して医者が言葉を付け加えた。 「まだ信じていないようだが、実は私もこの装置をテストしてみた」 そう言うと、医者は前に会った時に話した内容を一言一句間違いなく話してみせたので、 とりあえずは医者の言うことを信じてみることにした。 「とにかく試してみよう、今晩からでいいのかね」 「今晩から試してくれれば、今この瞬間のことも忘れないでいられるはずだ」 その日から、男は医者の言っていたように、毎晩毎朝、装置と頭をつないだ。 それからというもの、男は物忘れをしなくなった。 ほんの数分顔を合わせた知人の名前もすぐに思い出せ、旅行先の景色の素晴らしさも目を閉じればそこにあるように感じ、もちろん昨晩のおかずだって正確に思い出せた。 「なんとすばらしいんだ!あの医者には感謝しなければいけないな」
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