はじまりの音色

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今から10年前、父親がここロンドンから日本へと仕事関係で転勤になった。 この時、すでに姉は大学生で、イギリスに残ることになったが、まだ15歳の俺は両親と日本へと越すことになった。 「アオイ、4月からは日本なんだってな?」 同じ吹奏楽バンドメンバーから唐突に言われた言葉。 「アオイ、日本語話せるのか?」 「まーな、家では日本語使ってっし。」 イギリス生まれ、イギリス育ちだけど、家では日本語で会話する。 「つーか、なんで知ってんの?日本は4月はじまりだし、3月末までは俺、イギリスだぜ?まだ、10月じゃねーか。誰かから聞いたのかよ?」 「アカネちゃんが教えてくれた。」 アカネちゃんこと、俺の姉である南條茜は今年よりロンドンの大学に進学した。 父の転勤は今月である10月に発覚した。日本へ行くことに抵抗のある俺と反対に、姉は日本へ行きたくてしょうがなかったようだ。なぜもっと早くわからなかったのか、と理不尽極まりないセリフを父にぶつけていた。姉は自分の気持ちに正直すぎる人間だから、俺が日本へ行くことに対しての妬みと羨ましさを晴らす為に色々な人に、俺が日本へ行くことを言いふらしているのだろう。 「姉ちゃんかよ…」 「サックスはやめないよな?」 「やめねーよ、俺、サックスが好きだから。どんな形でも続けるさ。」 「恋人作ったら教えてくれ。」 「うるせーよ。」 日本に行っても吹奏楽バンドに入って、サックスをやりたいと思っていた。 小学生の時から、吹奏楽バンドに入ってた。 祖父がイギリスでリペアマンとして仕事をしており、小さい頃は仕事場へついて行っては、キラキラと輝く楽器達を修理している祖父をずっと見ているのが俺の日課だった。どんな楽器でも治してしまう祖父の手は、魔法の手だと信じていた。 祖父は平日はリペアマンとして、休日はアマチュアだったけれどサックスプレイヤーとしての顔も持っていた。そんな祖父の影響を受けて、俺はサックスをやり始め、そして、将来は自分もリペアマンとして働きたいという気持ちが芽生えていった。それは、今になってもその気持ちは色褪せることなくむしろ肥大していった。 どこへ行ってもサックスは演奏する。 日本へ行っても。 だけれど、正直、イギリスから飛び出して、日本へ行くことに対して、抵抗はあった。 慣れ親しんだ街、お世話になった人、友達…を置いて行くのだから。
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