はじまりの音色

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とうとう俺は高校の入学式の日を迎えた。 白色のボタンダウンのシャツ。 黒色のジャケット。 茶色のチェックのズボン。 えんじ色のネクタイ。 真新しい制服を着て、俺と母は電車に乗って最寄駅に向かう。 とても晴れた日だった。雲ひとつなく、穏やかな春の風が吹く。 所謂、入学式日和というやつだ。 「やっぱり、ロンドンと風景が違うね。」 「そうねー、建物の雰囲気とか違うからね。」 同じ制服を着た人達が電車に乗り込んでくる。 あの人達とこれから同じ学校へ通うのか。 新しい気持ちで高校生活のはじまりを迎えたいけど、遠く離れた土地に放り出された気がして、憂鬱な気持ちだった。 「葵、しかめっ面だよ?こんな顔してたら友達できないわよ。」 「いーよ、友達なんて、無理して作らなくても。」 俺は不機嫌を前面に表しながら、母に返答してしまった。 「無理やり日本に連れてきてごめんね、でも、パパも仕事だから…」 別に母さんに悲しい顔させたいわけじゃない。そして、父さんが悪いわけではない。そんなことは重々承知している。 わかってる、理解してる。だけれど…それが割り切れるほど、この時の俺は大人ではなかった。 校門をくぐると校内の桜が満開だった。 周りの俺と同じ新入生達は、桜が綺麗だねと言って、家族で写真を撮っている人もいた。 「綺麗ね、ママ、日本にいるときは毎年お花見してたわ。」 せっかく日本に来たし、お花見したいわね、と母は言う。 綺麗なのだとは思う。ただ、憂鬱な気分の俺には、モノクロにしか見えない。 こんな真っ黒な桜が綺麗なものか。
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