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その時、どこかからか、アルトサックスの音が聞こえる。
ーそうだ、このやわらかい弦楽器のような音を入学式の日に俺は聞いたのだ。
「京弥、入れ違いになっちゃったか…もう、音出ししてるし…南條君、今日はパート練の日なんだ。アルトサックスは3年の教室で練習してるから、行こっか。」
藤吉先輩は自分のアルトサックスであろうケースを取り出して、手際よく組み立てていく。
ーその間にもやわらかいアルトサックスの音は途切れることなく、鳴っている。
お待たせ、と言って準備が整った先輩は、音楽準備室の扉を開ける。
俺はストラップを首にかけて、アルトサックスを持って音楽準備室を出る。
歩みを進めるたびに俺の求めている音に近づいて、どんどんと大きくなっていく。
そして、俺の心臓の音も大きくなっていく。
3年生の教室は、校門の近くにあり、教室の窓から桜がちょうど目の前に見える。
3年7組の扉を藤吉先輩は開く。
そして、おもむろにこう叫んだ。
「京弥ー!この子、アルトサックスやりたいって!」
窓際に譜面台を置いて、ロングトーンをやっている人がいる。その、京弥と呼ばれた黒髪は少し驚いたように桜のピンク色をバックにして、こちらを向く。
あ、この人…電車で見た、黒髪に、少しタレ目がちな瞳。顔は人形か?と思うほど整っている。驚くほど美人だ…
「一年生ですか?」
「そーそ、一年生。南條葵君ってゆーんだって。しかも、経験者だよ!」
「南條葵です。よろしくお願いします。」
俺が自己紹介すると、驚くほど美人はハスキーボイスで、
「僕は2年生の早水京弥です。よろしく…」
と名乗った。
先輩達2人は俺に話を振るまで、何かを話していたようだが…俺は驚くほど美人から目が離せなかった。
俺の中の何かが芽生え始め、それが感情として生まれようとしている。
俺の中はざわついている。
何だろう、この気持ちは…
「ねぇ、南條君は他の部活は、見学とかいった?」
藤吉先輩の声で、俺はハッと我に帰る。
「いってません、アルトサックスがやりたいから。」
「でも、部活って3年間の学生生活結構左右するから、ちょっとでも気になる部活あったらちゃんと見学しにいくんだよ?」
「そうですね…」
サックス以外やる気は今のところないんですよ、と言いたいなと思っていると、
早水先輩が、俺の目を見て、音楽準備室から持ってきたサックスを指差した。
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