門出の時に

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「あれ、いらなかった捨てていいから。」 アンタは俺の心に火をつける。いや、アンタの言葉一つ一つが俺の心にとっては火種なんだ。 「なんで、そんな事言うんだよ。」 「だったら渡すなって感じだよね。」 違う、違う!そうじゃない!何で捨てていいなんてことを言うんだよ! 「捨てない。」 「え…」 「捨てないし、いらないなんてことない。返せって言っても返してやらない。」 俺はアンタにデコピンしてやる。痛いよ、と小さな声で言う。 「葵…」 「なんですか?」 「ありがとう。」 「どういたしまして。」 俺は恥ずかしくて、アンタに顔を見られたくなくて、アンタに背を向ける。 アンタは俺に背を向けられた事が不服だったのか、無言で背中を指で突いてくる。それでも振り返らない俺に痺れを切らして、ねぇ、葵?と寂しそうな声を出す。 抱きしめたい衝動に駆り立てられる。 だけど、俺の頭の中は理性という名の正義が勝っているためストップがかかる。 俺は振り向かないでアンタに声をかける。 「なんで、ネクタイくれたんすか?」 「え…」 アンタはそれ以上声を出さない。なんだよ、理由を聞いただけじゃん。 「なんで?」 俺はアンタが何も言わないから思わずアンタの方へ身体を向ける。 すると目の前には思考停止をしているアンタがいる。 「なんでって…」 俺はアンタの手首をぐっと掴む。答えるまで離してあげない。 ネクタイを贈る意味は相手にくびったけ。 貰った日はまさかね、って思った。深い意味も考えなかった。アンタからネクタイが貰えた事だけが嬉しかった。 だけど、今、ネクタイをくれた理由を教えてくれないアンタを目の前にして、俺の中でじわじわと期待と独占欲が産まれる。 俺は自惚れてもいいの?それとも何? アンタは俺にくびったけなの? そんな言葉を吐いたら、アンタはびっくりして、何も言えなくなってしまう? 「ねぇ、京弥さん…」 するとアンタは手首を掴んでいる俺の手をぎゅっと握る。 「繋ぎ止めておきたかったから。葵の記憶に僕っていう人間がいたんだって…」 「何言って…」 「葵は僕と違って明るいし、行動力もあるし、皆と仲良くできるし、きっとこれからも素敵なと出会って、色んなモノを見て過ごして行くんだと思う。卒業式の日に改めて葵を見たら、前見た時よりも一回りも二回りも大きく見えた。そしたら急にそんな葵の記憶の中に僕はいつまで留まっていられるのかって思って…悲しくなった。」
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