さよならアルトサックス

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彼女と話していると胸が痛くなった。 夢を貫き通す事は、簡単なものではないと言われている気がした。 「葵ちゃん、イギリス行くんでしょ?」 「はい。」 「頑張ってよ?いつか私のフルートみてもらいたいな。」 まだ学校のテスト受けたことないから何とも言えないけど、サークルや市民楽団とか入りたいの、フルートは続けたいのと彼女は言う。 「先輩は、フルート好きですか?」 「うん、大好き。中高と共に戦ってきた戦友だもん。」 部活を戦いというところが明澤先輩らしいな、と思った。 俺が本屋でバイトしていると聞きつけた基紀もよく本を買いに来てくれた。 「葵さん、本読むようになったんですか?」と毎回聞いて来た。俺が在学中は基紀はニヤニヤしていたけれど、卒業してからは寂しそうに同じ台詞を言っていた。 本屋でバイトするようになってからは、少しずつ本を読むようになった。俺がハマったのは、世界遺産の本だった。写真が多いからということもあったけれど… 大学の参考書を扱っているような本屋だったから、時々、京弥さんも来てくれた。彼は難しい医学の参考書も買っていたけれど、小説や料理の本、コーヒーの美味しい入れ方や豆の本、観葉植物の本といった幅広い本を買っていた。 私服は相変わらず地味だけど、美人過ぎるので、彼の本をお会計するときはドキドキした。 「コーヒーは分かりますけど、最近、観葉植物好きなんですか?」 「うん。僕の部屋って殺風景だからさ。葵がクマくれたでしょう?あれから、何か飾るのっていいなって思って。最近バイトも始めてお金も少しはあるからさ。」 はじめてみました、観葉植物。と彼は笑顔で言う。 彼の手元を見ると、可愛らしいサボテンとなぜかハエトリソウが入っている。家には小さな温室もあるそうだ。 この人なら大切に育てるだろうなと想像し、毎日同じ時間を過ごすことのできる植物達が羨ましかった。 だから本を返す時、少し冷たく言ってしまった。 好きな人と同じことをしたいと反射的に思い、コーヒーは苦手だけど 観葉植物なら…とバイト帰りに小さなサボテンを買って帰った。 案の定、母親にその植物はどうしたの?と聞かれた。自分で買ったというのが恥ずかしかったので、バイト先でもらったと嘘をついた。 自分で買ったサボテンは花を咲かせ、どんどん大きくなった。それは、毎日、京弥さんに会えなくて膨れ上がる想いみたいだと思った。
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