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この部屋にいると色んな事を思い出す。
窓から夕日が差し込んでくる。もう、こんな時間なのか。
日本に来たばかりの時、悲しくて不安でサックスばかり吹いていた事。
初めて日本で友達が出来た事。
京弥さんと初めて2人で出掛けた時のこと。
川上裕紀に嫉妬した事。
京弥さんがお見舞いに来てくれた事。
涼太さんが遊びに来てくれた事。
臆病な俺は、アンタに明日、日本を発つという事をメールで送る。
To:京弥さん
件名:お久しぶりです、葵です。
俺は明日からイギリスへ行きます。
今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました。
なんて他人行儀なメールを打っているのだろう。
もっと俺はアンタに伝えたいことがあるんじゃないのか?そう思ったが、俺は送信ボタンを押した。
モヤモヤとした感情だけが生まれる。だけどこの感情を消すことは出来ない。
結局俺は、後悔だけを日本に残して飛び立つのだろう。
するとスマホの着信音が鳴り響く。
画面には、早水京弥という名前が表示されている。
俺は反射的に通話ボタンを押す。優しいハスキーボイスが聞こえた。
『葵、よかった出てくれた…』
「出ないとでも思ったんすか?」
『ずっとバイト忙しそうだったしさ、仕事中だったらどうしようかと思った。』
俺はこの声がずっと聞きたかったんだ。心が幸せでドロドロに溶かされていく。
『明日なんだね。そろそろかとは思っていたけど、メール見てびっくりした。』
「すいません、連絡しないで。」
俺はアンタにだけはいつ日本を発つのかを告げていなかった。
本当はいつ出発するのかは決めていたし、バイト先の人、明澤先輩、基紀、たいちゃん、慎太郎、旬、涼太さんには日時を伝えてあった。
アンタに言ったら、いつもアンタの側にいた葵じゃなくなってしまう気がした。
『葵、今から会える?』
「え…」
そんなのイエスしか答えはないはずなのに、その一言が言えない。
『でも、明日出発ってことは色々忙しいよね…ごめん。また…』
「俺…俺…京弥さんに会いたいです…」
会いたい、とアンタに伝えることができたら、全身が痺れるような感覚に陥った。
「アンタ、今どこにいるんすか?」
『赤レンガにいる。でも、今から家の方に戻るから…』
「俺、そっち行きます。」
俺は財布とスマホだけ持って家を飛び出した。
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