さよならアルトサックス

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薄暗い港の近くの芝生に2人で腰を下ろす。 何から話していいのか分からなくなる。 最初に口を開いたのは京弥さんだった。 「イギリスではどうやって過ごすの?一人暮らし?」 「いえ、最初は祖父の家でお世話になります。お金が貯まったら一人暮らしを考えていますけど。」 「そっか。」 「はい。」 会話が終わってしまった。 少し気不味い…何か話さないと…会える時間は永遠にある訳じゃない。 「えっと、大学…楽しいっすか?」 さっき、京弥さんは、大学楽しいって言っていたじゃないか!何言ってんの?俺! 「うん。みんな目指す方向が一緒だから、自然と親近感も沸くし。」 「そうなんすね…」 「葵も専門学校通い始めたらきっとそうなるよ。」 「はぁ…」 京弥さんは俺の顔をじっと見つめてくる。 それだけでドキドキしてしまう。 「葵…あのさ…今日、無理して会ってくれた…?」 「は!?」 ラブのドキドキから、嫌なドキドキに一瞬で変わってしまった。 無理して会う?何言ってんの? 俺はアンタが隣にいて、心も体もポカポカしていたのに、一気に血の気が引いてしまった。 「ごめん、変なこと言って…」 「な、なんでそんなこと思ったんすか?俺…」 俺なんかした?思い返してみれば、バイト先で会っても素っ気ない態度を取ったり、連絡をくれても断ったり… これは完全に俺が悪い… こんなことされたら恋人じゃなくても、友達でも、先輩でも嫌な気分になる。 「なんで…」 ぎこちない、なぜ?をぶつけてみる。 理由を聞いても京弥さんは黙っている。彼の性格上、言い辛いものもあるだろう。 「俺が、その…素っ気ない態度取っちゃってたからっすか…?」 アンタはおずおずと首を縦に振る。 「何か変なことした、とか言っちゃってたらどうしようって思って…」 「違う!アンタは、アンタは悪くない…その… 俺が…」 ちゃんと理由を言おう。好きな相手だからこそ、情けない理由だけど理由を言って、謝ろう。 「京弥さんが高校卒業して、毎日会ってたのに、なんか変な感じで…バイト先で会っても、何話していいか分かんなくて…色々誘ってくれたのは本当に嬉しかったんですけど、その…」 理由を言おうとしたのに、グダグタした言い訳になってしまった。恥ずかしい…焦りと動揺でどんどん手先が冷たくなっていく。 「ずっと毎日会ってたからね、本屋さんで葵見たとき、僕も変な感じだった。あ、葵が店員さんやってるって。」
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