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「そっすか?」
「ずっと合ってた人に会わなくなると、バランスが崩れちゃうっていうか…好き嫌い関わらず、話しにくくなっちゃうよね…話したいことはたくさんあるのに。」
俺の気持ちを代弁してくれた。一番心配させたくない人に心配させてしまっていたのか。
気付くと手先は温かみを取り戻していた。
「ごめんなさい…本当は俺、京弥さんに会って話したかった…嘘ついてるとか、言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、本当なんです。」
「僕は葵を信じてるよ。だって葵は人を傷つける為に嘘はつかないから。」
「は?何言ってんの?」
「本当の事でしょう?」
クスクスとアンタは笑う。
俺は嘘は嫌いだ。だけど、大切な人を守る為には嘘をついてしまう事もある。
「でも、僕は葵が全部泥を被る必要なんてないと思うけどね。」
「別に俺はそんなに良い人じゃないですよ。」
「じゃあ、この世は悪人だらけになっちゃうよ?」
アンタの目には俺はどう映っているのだろう。
生暖かい風が俺達の間を通る。
「また、今日みたいに、葵とこれからも話したい。イギリスへ行って、僕とは違う景色を見て、大きくなるんだろうな。」
なら、アンタも一緒にイギリスへ来ますか?と言いそうになる。多分そんなことを言っても、アンタはついてきてはくれないし、そんなのは俺の好きな早水京弥ではない。おっとりしていて大人しいけれど、自分の決めたことは曲げないのが俺の好きな早水京弥なのだから。
「でも、日本で過ごした時間は短いんですけど、すっげぇ濃厚でした。」
「楽しかった?」
「うん。」
「やり残したことはない?」
俺は一瞬固まってしまった。目の前に一番やり残してしまった事があるのだから。
でもここで、はい、と言ってしまったらアンタはどんな顔をするのだろう。困らせてしまうのだろうか。
アンタの中の俺は、美しくいたい。
「そっすね、特にないっす。サックスも全力でやってこれたし。友達ともたくさん遊べたし、良い先輩にも恵まれたし。」
ああ、これがアンタの言う、俺のつく嘘ってやつか。
もしかしたら、俺の心は見透かされているかも。
「そう、よかった。」
アンタはよかったと言ってくれているけれど、本当に?と聞かれているようでならなかった。
「 明日のフライトは何時?」
「10時…くらい。」
「そっか。」
「お見送りはいらないっすよ。」
「行かないよ、葵は来て欲しい時はちゃんと言ってくれるでしょう?」
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