さよならアルトサックス

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アンタとの時間を大切にしたい。どんな事でもいいから話したい。声を聞きたい。 好きと伝えれなくても、せめて大切な存在だったと言いたい。 アンタの名前を呼ぼうとした時、後ろに立っている女性達の会話が耳に入る。 「ホントさ、コッチは嫌だって言ってんのに自分の意見押し付けて来てさ、マジで彼氏ヅラすんのやめてって感じ。」 「そうだね、一方的に想いをぶつけられても怖いよね…」 「あんな人だとは思わなかった。自分の思ってることが全てまかり通ると思わないで。」 「早く忘れなよ。」 耳を塞ぎたい。なんて聞きたくない内容なんだろう。 好きでもない相手からの強い感情って怖いモノだとは思う。 …何故だろう、俺も彼女に酷いことしているのはその男の方だとは思う。それでも俺は男の方に同情してしまう。 ただその男は彼女を好きでいただけだろう。その感情が走り出しすぎてしまったんじゃないか、と。 すぐに彼女達は次の会話に移っていた。 だけど、俺は彼女達の会話が何度もリフレインする。 「葵?どうしたの?ずっと黙ってるけど…」 「な、なんでもないっす。」 心配そうにアンタは俺を見つめる。 「明日、何持ってくんだっけって考えてました。」 「サックスは忘れずに。」 「当たり前です。」 アンタの顔を見つめることが気まずくて、後ろを見ると、2つ席が空いている。誰も座る気配はないし、アンタを連れて腰掛ける。 気がつくと彼女達はもう居なかった。その事に俺は安堵感を抱いた。 「こうやって今日一緒に帰るなら、僕、葵の家にお邪魔したのに。」 「そうかもしんねーすけど…」 アンタから電話が来てから家で待っていれば良かったのかもしれないけれど、そんなの夢がない。 合理的な考えが強いアンタには理解し難い事かもしれなきけれど、日本にいる最後の日くらいは、好きな人を追いかけて走るカッコイイ俺になってみたかった。 「自己満なんで、いいんです。」 高校生の時に毎日見ていた電車の窓の景色が通り過ぎる。 俺はアンタと一緒に帰るこの時間が好きだった。 他愛のない話をしたり、ただ無言で同じ時間を共有したりしたな、と。 「高校生の時は毎日一緒にこの景色を見てたのにね。」 「そうっすね。」 「葵とは何も話さなくても楽しかった。僕、よく葵にもたれて寝ちゃったりしてさ、葵はずっと窓の外見てたりさ。懐かしいね…」 アンタもこの時間が好きだったんだって事を知れて、俺は嬉しかった。
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