さよならアルトサックス

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アンタの最寄駅にもうすぐ到着する。 アンタは席から立ち上がり、こちらを向く。 すると優しく俺の掌を握る。 少しカサカサする手は同じまま。 「今までありがとう。」 「…はい…」 俺はアンタの掌をゆっくりと握り返す。俺より少し小さな掌。 俺とアンタの体温がぐるぐると混ざり合う。 俺はじっとアンタの掌を見つめる。 駅に到着するアナウンスが入る。反射的に顔を上げると、アンタの視線とバッチリ合ってしまった。 カッと顔が熱くなる。 「葵、またね。」 するりと俺の掌の中からアンタの掌は遠ざかる。 待ってくれ、行かないでくれ!と心の中で叫ぶ。 だけど俺は電車の椅子に縛られた感覚に陥った。動けない。 だから、ぎこちない笑顔で、またね、ではなく…「さようなら。」と言った。 電車からアンタは降りていき、また電車は走り出す。 すると俺の目から涙が一筋流れた。 その流れた涙を俺は拭うことが出来なかった。 家に帰ると、案の定母親に叱られた。ちゃんと何処へ行くかとか帰る時間とか伝えなさい!と言われた。 いつもなら、言い訳や反抗してみたりするけれど、俺が素直に謝り、反省した態度を取り、更にしょげていたのでそれ以上の事は言わないでくれた。 父親が仕事から帰宅して、両親と俺の3人で夕食をとる。俺が日本にいて18歳で親元を離れるならまだしも、元々住んでいた場所であの姉と祖父母がいるとはいえ、海外での生活を許してくれた両親に本当に感謝せねばならない。 母親は俺の好物のスコッチエッグを作ってくれた。 父親は寂しくないような事を口では言っていたが、背中が寂しそうだった。反対に母親はどっしりと構えていた。 俺は両親に感謝の気持ちを述べ、床に着く。 じいちゃんに、これからお世話になりますとメールをする。彼の好きな日本酒とばあちゃんの好きな芋羊羹はもう送ってあるし完璧だ。 さあ眠ろうと目を閉じた時、ふと、あの姉の顔が浮かび、俺は明日からロンドンへ戻るから、と素っ気ないメールを送った。 俺は眠れなかった。 何度もスマホの画面を見つめた。 明日、出発だし誰かからメールが来ていたらどうしよう、と思ってしまった。 いや、目を瞑ると、京弥さんの「またね」が頭の中に響き渡るのだ。 アンタはまた俺に会いたいと思ってくれている? ー本当は、ただただ愛してやまないアンタからのメールを待っていただけなのかもしれない。
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