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イギリスへ旅立つ日、早朝から自力で成田空港まで電車に乗って行く。唯一の救いは重い荷物は全て送ってあるということか。
機内持ち込みのアルトサックスとパスポートとお金とスマホだけを持っていく。
母さんは最後まで一緒に空港まで行こうか?と言ってくれたけれど俺は頑なに断った。厚意であるのは十分理解出来たけれど、子供染みた変な意地もあり、俺は1人で日本から飛び立つと決めていた。
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成田空港からロンドン・ヒースロー空港まで約12時間のフライト。
飛行機が日本からどんどん遠ざかる中、俺の気持ちはぼんやりしたままだった。
好きな人に好きと言えなかった。やっぱり後悔しているのだろう。
でも、最後の日に会うことが出来て嬉しかった。
俺の頭上の収納棚に、相棒のアルトサックスがいる機内に持ち込めるギリギリの大きさのお前とはまた一緒に空の旅だ。
大丈夫だ。こいつがいれば、俺は寂しくなんてないはず。
俺が京弥さんに向ける気持ちは本物だけれど、頭の中では一方的に想いをぶつけていなかったか?と警告のような何かが飛び交っている。
じゃあ、俺が逆の立場だったら?
例えばの話だけれど、俺が恋愛感情の好きではない基紀に告白されたら?
俺は恐怖を感じる。今までと同じ通りにはいかないだろう。そんな感情をアンタにぶつけたいって思ってたのか…
好きという感情は時にして暴力にもなってしまう…
だから俺はこれで良かったのだと思う事にした。それが逃げだと言われても。
だって考えてみろ。アンタに嫌われたり、フラれたら生きていけない気がする。だったら、嫌われていないし、フラれていない状態の方がよっぽど今後の人生を後悔しながらでも生きていけるんじゃないか?
考えを巡らせていると「ドリンクはいかがですか?」とキャビンアテンダントに声をかけられる。いつもなら紅茶かジュースを貰うけど、なぜかコーヒーを選択した。
ホットコーヒーとチョコレートを2つ貰った。
京弥さんの事を考えると、胸が苦しくなる。脳裏から離れない、忘れてしまいたい。だけど、昨日別れ際に握ってくれた掌はまだ、温かいままだ。
「コーヒー苦い…」
俺は苦味を消したくて、テーブルの上で2つ仲良く並んでいるチョコレートを一緒に口の中に入れる。片方だけ先に食べたら、残された方が可愛そうだろう?と思った。
だけど、コーヒーの苦味の余韻は消えないままだった。
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