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あの人のアルトサックスの音…また、聴きたいな…
あの人にまた、会いたい…
糸を紡ぐような優しい音。
仕事からの帰り道、紅茶のストックがなくなったなと思い、紅茶ショップの路面店へと足を踏み入れた。
今日は川上裕紀がやってきて、京弥さんのサックスを受け取って…嬉しいけれど、どっと疲れた。
いつも飲んでいる手頃な値段のバラエティパックを購入しようと手を伸ばした時、ふと目に入ったのは、隣の棚に陳列されているアールグレイだった。
高校生の時、部活帰りによく行っていたコーヒーショップのチェーン店のメニューをよく見ると、紅茶があって、それを見つけた日から俺は迷わずにアールグレイのミルクティーを注文した。
ー柑橘類?みたいないい匂いがするねー
ブラックコーヒーを啜りながらあの人は言っていた。
「この匂い好きですか?いつか、本場の紅茶を贈ってあげますよ。」
いつもブラックコーヒーを飲んでいたあの人…
俺はその隣でいつもアールグレイを飲んでいた。
ーこの匂いがすると、葵が紅茶飲んでるのが思い浮かぶようになったよー
笑いながらあの人は言っていたのを思い出した。
あの人にまた会いたい。
「アールグレイの匂い…が俺の匂い…か…」
あの人はアールグレイの匂いがする度に今でも俺の姿が思い浮かぶのだろうか。
何年も前に言っていた事だ。
だけど、もし…今でも…
俺はアールグレイに手を伸ばす。
人に贈るのだから、贈答用の茶葉にすればよかったのかもしれない。
でも、あえて手頃な値段で買えるティーバッグにしたのは、いつでもすぐに飲めるように…
いつでも、すぐに俺のことをどんな形でもいいから思い出して欲しいから。
これは、俺のエゴなのかもしれないけど。
あの人が住む日本へと、俺の本当の気持ちを込めたアールグレイに、「お元気ですか?川上さんから京弥さんのアルトサックスのオーバーホール承りました。また修理が終わったら、ご連絡します」というそっけないメモを付けて送った。
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