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川上裕紀が京弥さんのアルトサックスを持って現れてから数日が経った頃。
「アオイさーん、エアメール来てますよ?ん?ニホンから?」
日本からロンドン郊外へと、一通の手紙が届いた。
今日も、一階は俺とバイト君の二人で切り盛りしていた。
バイト君にとって、日本からの手紙が珍しかったのたろう。受け取った手紙をそさくさと俺のところへと持ってきた。
メールという手段がある中で、俺に手紙を書いてくる物好きは、俺をからかうことが生き甲斐の姉くらいだろう。でも、もし、姉だったら自宅の住所に送るだろうけど。いやいや、あの姉のことだ。、あえて店舗に手紙を送ってくるくらいのことはする。
急ぎの仕事もあることだし、手紙なんて後だ。
「差出人が…ハヤ…ミ…キョウ…ヤって人からです。」
「え、キョウヤ…京弥さん?」
「誰っすか?男?女?まさか、恋人?」
「ちっげーよ、そんなんじゃねぇ。高校の先輩だ。」
バイト君から手紙を受け取ると、俺は柄にでもなく、いつも使わないペーパーナイフで手紙を開封した。
中からは、手紙と一枚の写真が同封されていた。
南條 葵 様
葵、元気にしてる?
僕のサックスのオーバーホールを承ってくれて本当にありがとう。あと、送ってくれた紅茶はおいしく頂いています。高校生の時、よく葵が飲んでいた紅茶と同じ香りがして、懐かしい気持ちになりました。
日本では桜が満開だよ。(葵がこの手紙を読むときは葉桜かもしれないけれど。)この前、帰り道にすごい桜が綺麗だったから写真を撮ってみたので同封します。
ロンドンが寒いのか暑いのかわからないけど、体調だけは気をつけて下さい。
今年は夏休みが取れそうなので、葵に会いにロンドンへ遊びに行きたいと思っています。
また、連絡します。
アルトサックスのオーバーホールが終わったら、お手数ですが、日本へ送ってください。ちゃんとオーバーホール代と輸送費も請求してください。
追伸 葵、彼女はできた?僕は全然できないよ…相変わらずコミュ障拗らせて全然もてないです。でも、僕がずっとひとりぼっちだったら、貰ってくれるって言ったの覚えてるからねー。
早水 京弥
「なんだこれ、ヘッタクソな写真…ピンボケしてんじゃん。」
丁寧だけど、お世辞にも綺麗とは言えない字。だけど、俺にとっては愛しくて堪らない字だ。
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