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どこからか、バイオリンの音が聞こえる。
私は一旦歩みを止めて、立ち止まった。ザワザワと風で木々が揺らめく間にかすかに聞こえる高い音。
(どこだろう…)
ピンク色の花弁が視界の邪魔をする。桜を鬱陶しいなんて初めて思ったわ、と考えて少し可笑しくなった。耳だけを頼りに、桜の森を静かに進んだ。
だんだんとバイオリンの音色が大きくなってくる。
(もう少しかしら…あら?)
木々の間から、茶色い細長い棒のようなものが行ったり来たりしている。バイオリンの弓だ、と確信した私は、演奏者を驚かせないようにそっと近づいた。
「……!!君は…」
「あら、何故やめてしまうの?続けてくださいな。」
「う、うん…」
演奏者である少年はひどくびっくりしたような顔をして、しかし私に促されるとすぐに、なんでもなかったように曲を再開させた。
「ーーー」
透き通ったレの音で、曲は終わった。パチパチと手を叩くと、はにかみながら少年は頭を掻いた。
「上手いわ。なんて曲なのかしら?」
そう問うと、少年は少し哀しそうな顔をした。
「……タイスの、瞑想曲。」
「瞑想曲?」
「そう。この場所で弾くにはピッタリかなあって。」
ザアッと風が吹き、花びらが舞う。
「人が滅多にこない、静かな場所だからさ。」
「ええ、そうね。本当だわ。」
桜の下で聞くバイオリンは、本当に美しくて、それでいて暖かくて。
でもどこか、この少年が弾くバイオリンは物悲しそうだった。
哀しげに、切なく、甘い恋のような、そしてどこか懐かしい、そんな音色だった。
「ね、あなたの曲、もっと聞きたいわ。弾いてくださる?」
少年は微笑んだ。
「もちろんだよ。」
バイオリンを顎にのせる。目を閉じ、一つ息を吸い込むと、バイオリンは再び美しい旋律を奏ではじめた。
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