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重い病だった、らしい。僕に会った時にはもう、そう長くは持たない状態だったらしく、不憫に思った看護師たちが、最後に自由な時間を与えたのだと言う。 バイオリンが好きな子だったのに、最後にはあんなに軽い楽器を持つ事も出来ず、息を引き取った。 女の子が死んで少しして、僕はバイオリンを始めた。家の倉庫に眠っていたのを引っ張り出し、独学で簡単な曲からやり始めた。 なぜかは分からない。 ただ、弾きたかったのだ。あの子が最後に僕に弾いてくれたあの曲を。 あの、桜の下で。 病院は取り壊され、桜の木は他の場所に移された。 移された場所を調べ、僕はそこへ向かった。 絶対に、女の子は現れると、そう僕は確信していた。 「…よし。」 弾き始めはファのシャープ。ビブラートを効かせるためにサードポジションから始める。時に静かに、時に大胆に、それでいて繊細な音を。 意識を集中させる。目を閉じた。桜の花とともに、訪問者がやってきた気配がした。 演奏をやめ、振り向いたそこには、あの女の子がいた。 「……!!君は、」 「あら、なぜ止めるの?続けてくださいな。」 「う、うん。」 僕は頷いて、曲を再開させた。フラジオ、トリル、ビブラート。丁寧に丁寧に、慎重に曲を作り上げた。 パチパチと女の子が手を鳴らす。 「上手いわね。なんていう曲なの?」 「…ぁ…」 女の子は、忘れてしまっていた。 バイオリンのことも、僕のことも、桜の樹の下で演奏してくれた、彼女の大好きだった曲も。 なにもかも。 小首を傾げて問う女の子に、やっとの思いで答える。 「…タイスの、瞑想曲。」 「瞑想曲?」 「そう。この場所で弾くにはピッタリかなあって。」 ザッと風が吹く。桜の花びらが視界いっぱいにうつって、僕の頬を伝う涙を隠してくれた。 「人が滅多にこない、静かな場所だからさ。」 「ええ、そうね。本当だわ。」 そう言って、女の子は目を瞑った。何かを懐かしんでいるようだった。 「ね、あなたの曲、もっと聴きたいわ。弾いてくださる?」 「もちろん。」 そう言って、僕は楽器を構え直した。足の透けているその子の、最後の希望を叶えるように。 ああ、神様、どうかー 許されるなら、この子が再びバイオリンを弾けますように そう祈るように、僕は弾いた。
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