一章:沖田総司とおとなげない大人たちの話

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不逞浪士を前に真剣を握る沖田はまるで鬼神のようだと、一番隊の誰かは口にした。 その圧倒的な強さだけではなく、普段と一変した表情や雰囲気、仕草まで、全てがそうなのだ。 そんな沖田も稽古の場において、手合わせをする相手の剣士のことはきちんと敬う。 手合わせの前と後には必ず深々と一礼をするし、開始と終わりの合図はしっかりと守る。 それが近藤の教えた剣術のマナーだからだ。 だから同じようにマナーを守る永倉の剣術のことが嫌いではなかったし、打ち込んでも打ち込まれても、いつも清々しい気持ちで手合わせを終えることができた。 「……お前は手加減っつー言葉を知らねェのか!」 一礼を終えて頭を上げた永倉が沖田に掴みかかりそうな勢いで怒鳴った。 ここまで一方的に負けたのは久々だ。 しかも、大勢の隊士たちの前で。 「やだなー。永倉さん相手に手加減なんてしたら、僕だって負けるどころか大怪我しちゃいますよ」 清々しく笑う沖田がまた腹立たしくてならない。 「新八さん、なんかちょっと集中できてない感じだったよね」 「だなー。やっぱアレか、昨日女にフラれたから……」 「うるっっっっせェェェよお前らは!!別に俺はあいつにフラれちゃいねェしフラれた程度でヘコんで剣が鈍ってるようじゃ命がいくつあっても足りねェわボケェ!!」 「いだぁっ!!」「俺もかよ!!」 沖田と永倉の手合わせを見に来た藤堂と大人しく応援していた原田は不運にも永倉の八つ当たりの対象になったが、本人たちにも原因はあるので誰も庇ってはくれなかった。 「今日の総司は随分調子がいいみたいだなぁ」 陽だまりのような声に、沖田は顔を輝かせて振り返る。 「近藤さん!」 「よっ!俺もたまには稽古に混ぜてくれないか」 「喜んで!」 天才剣士・沖田総司が幼い頃に初めて剣を握らせた張本人、現新選組局長の近藤勇が稽古場に足を踏み入れた。
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