序章:兄をたずねて十四里

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「今居る神社の巫女のお仕事は不規則でお休みが多いし、大した稼ぎにならないんです。なので私、お金がないときは副職としてたまにお座敷で芸事も披露してるんですけど」 「お前……芸妓なのか」 「常連のお客さんもいないような無名の芸妓なんですけどね。でも、烝くんは私に芸妓なんてやめろって言うんです。危ないからって」 「だってそうでしょ~。酔った男なんてみんな狼なんだからさ~」 「そんなことないよ!遊女さんたちと違って私たちはお客さんと2人きりにはされないし、大丈夫だよ」 「だめなもんはだめ~。金がないなら俺が出してやるから、豊は大坂の実家に帰りな~」 豊はむすっとして山崎を睨んだまま黙り込んでしまった。 そんな豊の頭をポンポン、となだめた土方は彼女の顔を覗き込んで聞く。 「何か言いたげだな」 「……いえ、烝くんの気持ちもわかるからこそ私も反論できないんです。もう子どもじゃないから、自分の意見ばっかり押し付けたりはしません。でも、私は大坂に帰るつもりはないです。だって」 豊は山崎を見上げる。 「私は烝くんを探すために、この街に来たので」 「!」 土方と沖田が見た山崎は、珍しく驚いたような顔をしていた。 普段ヘラヘラにこにこしていて滅多に感情を顔に出さないこの男が、こんな顔をするなんて。 「……俺を連れ戻せとでも言われた~?」 「言われてないよ」 「親父の身に何かあったとか~?」 「まだまだお元気です」 「見合い話なら断るよ~」 「そんな大事な話を私なんかが持って来るわけないでしょ」 「………………」 「………………」 側から見れば険悪な目付きで睨み合っているだけのこの兄妹の間で、無数の無言のやり取りがあることは他人にはわからないだろう。
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