7∞1

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 翌日、事務所に出向いて報酬を渡し、取り分の三万と履歴書を受け取り、もうバイトを辞めると伝えた。よくあることなのか、オスカルは表情を変えることなく了承してくれた。  事務所を出ると、ナナさんに指定されていたスーパーに向かう。 「ナナさん!」 「イチ」  スーパーに着いてすぐ、ナナさんも到着した。少し息が乱れているので走ってきてくれたのだろうか。まだ待ち合わせ時間の前なのに、急いで来てくれたナナさんの気遣いが嬉しくて頬が緩む。 「晩御飯、何にします?」 「イチの得意料理は?」 「節約メニューしか作れないですよ」 「それは家計に優しそうだね」 「強制的にダイエットさせられちゃうんで、体には優しくないですけどね」  笑い合いながら食材を買ってナナさんのマンションに向かう。ふたりでキッチンに立ったのだけど、ナナさんは手慣れた様子で料理を進めていって、俺は助手にすらならなかった。 「ナナさんの好きな料理ってなんですか?」 「そうだな。子供っぽいって笑われそうだけど、オムライスかな」 「フワトロ卵のですか?」 「いや、昔ながらのがいいな」  見た目も味も絶品のナナさんの料理を食べながら聞いた、ナナさんの好物。昔ながらのオムライスか。こっそり練習して振る舞おう。ナナさん、喜んでくれるかな。  言っていたように仕事が落ち着いて定時であがれるようになったナナさんと、毎日夕飯を共にするようになった。  夕飯後は段ボールに入ったままの荷物を整理したり、コーヒーを飲みながらのんびり話をしたりして過ごした。  荷物が片付いた部屋は生活感に溢れていて、初めてこの部屋を訪れた時に感じた寂しさや冷たさは消えた。  ナナさんの家に通うようになって一週間が経った頃、合鍵を渡された。そんな大切なものは受け取れないと断る俺に、ナナさんは早く来れる時は部屋の掃除をして欲しいと頼んできた。掃除が終わったら自由にパソコンを使っても構わないから、と。  レポートを仕上げるためにパソコンを使いたかった俺には助かる話だった。パソコンを持っていない俺は大学のものを使うしかなかったが、なかなか空いていることがなかったからだ。  それに、合鍵を渡してもいいと思えるくらい信頼してもらえているのが嬉しくて、宝物を貰い受けように合鍵を受け取った。
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