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 連れてこられたのはホテルの最上階にあるフレンチの店だった。全席個室になっていて、どの部屋からも夜景が見下ろせるのが売りらしい。 「君は、もう二十歳は過ぎてる?」 「はい、先月二十歳になりました」 「じゃあ、大丈夫だね」  嬉しそうに顔を綻ばせたその人が、ワインを注いでくれる。正直アルコールは得意ではないが、注いでもらったワインはフルーティーで喉通りがよく、初めて酒が旨いと思えた。  一杯目のワインを飲み終わったのを見計らったように運ばれてきたのはフルコースだった。節約生活で質素な飯ばかり食っていた俺の胃は旨い料理の数々に狂喜乱舞して、皿まで食らう勢いでバクバク食ってしまう。  胃が満たされて冷静さが戻ってくると、卑しい奴だと軽蔑されていないだろうか心配になってきた。恐る恐るその人を見遣ると、嬉しそうにニコニコしていたのでほっとする。 「ねぇ、僕は君をなんて呼んだらいい?」 「えっと……イチで」 「イチね。僕はナナ」 「ナナさん、ですか?」 「そうだよ、イチ」  ちゃんとフルネームを名乗った方がいいのかと迷ったが、オスカルに相手には身元が分かる情報は与えるなと言われていたのであだ名を名乗った。名乗ってからこの人は件の人物ではなかったんだと気付いたが、あだ名で呼びあうのは秘密の関係みたいな気がしてワクワクしたので、これはこれでいいかもと思う。 「イチは、どうしてニューヨークタイムズの彼と待ち合わせをしていたの?」 「それは……」  ナナさんに優しい眼差しを向けられて張っていた気が緩み、バイトの話をしてしまう。報酬が貰えないと履歴書を闇社会に流されてしまう恐怖を、吐き出したかったのもあるんだろう。 「そうなんだ。じゃあ、今夜は僕に付き合ってくれない?」 「え?」 「報酬はちゃんと払うから」 「でも……」 「僕は四月から、この街にある支社に転勤になったんだ。最近、やっと仕事が落ち着いてきたんだけど、暇ができるようになったら急に寂しくなっちゃってね。よかったら話し相手になってくれないかな」 「俺でよければ」
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