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「イチ、大切な話があるんだ」
時刻が零時を過ぎた頃、急に真顔になったナナさんが告げてきた。一体なんの話なんだろうと身構える。
「バイトはもう辞めてくれないか」
「え……」
俺が金に困っているって話したのに、どうしてナナさんはそんなことを言うのだろう。真意を読み取ろうと琥珀色の双眸をじっと見つめる。
「待ち合わせた相手と何をするのか分かっていたの?」
「楽しくお喋りして相手を楽しませればいいって……」
「楽しませる、ね。いい、イチ、君の体で楽しませるってことだよ」
「え……」
体でって、どういうことだ? マッサージしたりするってことか?
「待ち人が急用で帰らなかったら、君はあの中年サラリーマンに抱かれていたんだよ」
「抱かれて……」
想像していなかったバイトの内容に茫然としていると、ナナさんが大きな溜め息を落とした。
「ナナさんも俺を……抱く、の?」
「抱かないよ。だから安心して」
そうだよな、ナナさんみたいな格好いい人が俺を抱くなんて有り得ないよな。極上なイケメンな上に凄く優しいから、ナナさんが誘わなくても女の人の方から寄ってきそうだしな。
「バイトを辞めるって誓える?」
「はい」
ナナさんほどじゃないけど俺もそれなりに身長があって、一人暮らしを始めて痩せはしたものの体だって華奢ではない。こんな俺を抱きたい男なんていないんじゃないかなと思ったが、ナナさんの有無を言わせぬ強い眼差しにコクコク頷く。
「じゃあこれ、約束の報酬」
「え、あぁ、ありがとうございます」
何もしてないのに報酬をもらっていいものか躊躇しながらも、これがないと履歴書を裏社会に売られてしまうんだったと有り難く受け取る。
「それから、居酒屋のバイトが再開されるまで、ウチでバイトしない?」
「ナナさんの家で、ですか?」
「そう、僕も暫く仕事に余裕ができるから、また話し相手になって欲しいんだ」
「そんなんでいいなら」
ナナさんとバイトの契約を結び、足取りも軽く自宅に帰った。
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