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オソロシサマ
自分が一体何ものなのか。
正体を自分ですらワシは知らない。
生まれたのは人の腹から。だがその時点ですでに、ワシは自分が人ではないことを知っていた。
人ではありえない短期間でたちまち育ち、『生みの親』であった人の側を離れ、人の集落を渡り歩いて暮らした。その日々の中で、ワシはこの世に同類が数多いることを知った。
人の姿に生まれながら本性が人ではない生き物。
興味を持ち、それらに関わると、その生き物達は皆ワシと関わった直後に消えた。正確にはワシに取り込まれる形で消滅した。
姿こそ人だが、鬼と呼ばれるもの達。ワシはそれを喰らうものとして密かに崇められるようになり、ある土地で神として奉られ、それまで手にしていた人の姿を捨てた。
今のワシは注連縄のついた石に宿って眠り、時折ここへ現れる鬼を喰らっている。
どこかへ行こうと思えば行けるが、とうに生身の姿は捨てたし、今更場を移るのも面倒だ。
それに、ワシがこの世に現れてからかなりの時間が流れたが、どれ程時代が過ぎようと、鬼がいなくなることは決してない。喰らったところで、飢えも渇きもしないワシに何の得も損もないが、姿を持たずとも消えぬこの意識の暇潰しに、現れた鬼共を餌にするのは悪くない。
そんなことを思っておれば、ワシの祀られた石に鬼の気配が寄って来た。
年の頃は十を少し過ぎた程度のワラシ。人としてはまだ幼い部類だが、強い鬼の気配を感じる。
暇潰しに、少ぅし語らい、何をするのか見てやろう。
「お前、オソロシサマだろ」
少しのやりとりの後、ワラシはワシの異名を口にした。
オソロシサマ。いつからか、ワシを崇め奉る者達がそうワシを呼び出した。
ワシにとっては単なる記号に過ぎん呼び名。ワラシ…鬼であるヌシにとっては、それがこの世で最期に関わる相手の名だ。
オソロシサマ…完
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