1 意識する女、下心のある男

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「戸田さん、資料よろしく」 「かしこまりました」 部長に返事をすると事前に作成していた会議用の資料を全員のデスクに配布する。パソコンを起動する武藤さんのデスクに近づいた。 「今日の資料です」 「……ありがとうございます」 横目で資料を見ると私の顔を見ずに受け取る。自然と私の態度も固くなる。「よろしくお願いします」とそっけなく言って武藤さんから離れる。 私が武藤さんに特別何かをした記憶がない。冷たい反応をされる理由に心当たりがないのに、気になって仕方がない。きっと武藤さんは私のことが嫌いなのだろう。人間だから好き嫌いがあるのは仕方がない。私だって武藤さんが苦手だ。自分を嫌っている人にわざわざ自分から近づくことはないのだ。ずっとそう思ってこちらからも避けてきた。 始業開始まではまだ少し時間があった。スマートフォンでLINEを開くと恋人である正広にメッセージを送る。 『今夜家に行ってもいい?』 正広も外回りの多い仕事だけれどすぐに既読になり返信があった。 『俺は今夜遅くなるけどいいよ』 その絵文字も何もないシンプルな文章に寂しさを感じるけれど、来てもいいと言ってくれたことが嬉しかった。 『それでもいいから行くね』 少しの時間でも正広に会えると思うと心が弾む。単純な私は仕事にやる気が出てパソコンを起動した。 ◇◇◇◇◇ 朝6時に設定したスマートフォンのアラームが部屋中に鳴り響く。 「んー」と小さく唸りながら手を伸ばしスマートフォンを取るとアラームを止めた。私の横には恋人である正広が寝息をたてて熟睡している。昨夜はこの正広のベッドで一緒に眠ったのだ。
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