ドラマチックなタクシードライバー

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 一仕事を終え、丁字路を左に曲がり住宅街を走る私の前方で、丁度良く路駐をしていたタクシーが発車しておりました。残念、お客様を取られてしまった訳で御座います。私の個人タクシーは、いわゆる『法人タクシー』とは異なり、お客様を乗せれば乗せるほど実入りが増えてまいります。俗な話ではありますが、私の商売は『どれだけ沢山のお客様を御送りできたか』で晩御飯の献立が決まるのです。ですから前を走っているタクシーを羨ましく思い、そして間に合わなかったことに少なからず後悔もしておりました。あぁ、これで副食の焼き魚が遠のくと。  軽く息を吐き、気持ちを切り替えて再び巡回しようとしていたその時、先程の場所から……男性の手が挙がったのです。頼むから乗せてくれと、そんな声さえ聞こえた気が致します。思わず頭の隅に遠のいていた筈の焼き魚が蘇りました。これは僥倖と、勇み足でタクシーを止めたのが事の始まりで御座います。 「前の車を追ってくれ!!」  車中へと乗り込んだ第一声が、まさにそれでした。えぇ、どうぞ笑い話にして下さいませ。その方が彼も私も幾分か救われます。  しかし当時の私と致しましては、それはそれは狼狽しておりました。お客様を目的地へと送り届けるのが我々の仕事です。彼のそれは条件に当て嵌まってはいるものの、まるで宙に浮かんだ雲の如く……掴み所の無い行き先だったのですから。  正直、耳を疑いました。こんなドラマのような出来事が、現実に起こりえるのかと。 「おい、見失うだろうがッ! 早く出せぇ!」  半ば恫喝するような声に目を覚まし、私の足は震えながらもアクセルを踏みました。     
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