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前の車――はい、察しの良い方は勘付かれているやもしれませんが、同業者の八木さんが運転手を勤めておりました。運転中に何度もバックミラーを確認していたようなのですが、最後まで私だとは気付かなかったそうです。いえ、人のことは言えませんね。私の目には勿論、後部座席しか映っておりませんでしたから……ともあれ、私と彼を乗せたタクシーは、こうして出発致しました。
「あぁ、どうしてこうなるんだ……くそっ!」
後部座席で悪態をつく彼は、とても恐ろしいと肌で感じておりました。鬼気迫る――そんな言葉が似つかわしい程の形相です。余所見運転にならぬ程度に目を配りますと、その額からは滑り流れそうな汗が噴き出し、洋服が血か何かの液体で赤く染められていたのです。
圧倒的な恐怖。私の体から、温もりが奪われていくのを感じました。事件、殺人、逃亡――脳裏を掠めた言葉が、どれもこれも物騒でなりません。心臓の鼓動が速まり、目眩に襲われも致しました。
運転席と後部座席の間には透明な壁が設けられてはいるものの、それは大して厚さなど無い、あまり意味を成さない形だけの物なのです。決して、私の身を護るに値しません。
不安でした。何をされるのかが分からない。一体私は、何に関っているのかも分からないのです。車を止める、それ即ち死を暗示させるものだと――その時の私は戦慄しておりました。
こうなれば、もはや必死に前の車を追う他ありません。私が助かる手段は、それしか残されていなかったのです。
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