3

5/23
前へ
/31ページ
次へ
 4ケタ全てを回すわけではない。1ケタ目と4ケタ目をほんの少し変えるだけだ。なぜって、全部回していたら面倒この上ないから。一説によると、盗まれる自転車の9割は無施錠のものらしい。それを聞いた私は「これは良い話を聞いた!」と一瞬思ったが、いやいやそりゃあそうだろうとすぐ様に思い直した。犯罪者の100%はパンを食べたことがある、と似たような話ではないか。アメリカンジョークかよ。  冬の寒さに負けそうになる指先が番号を指定して顔を上げると、花井さんがいた。 「山本さん、ちょっとお話しない? コーヒー奢るからさ」  大学生にしれっと誘われる。さりげなさと、さりげなくなさの中間ぐらい。 「今日は少し遠慮しておきます。またお願い致します」  ペコりと頭を下げる。誘われる理由もないし、何より今日は寒い。 「そう、分かった。ごめんね声をかけて」  花井さんがそう言って、少し残念そうな横顔。  申し訳ないなと思ったが、一々気にしても仕方がないような気もする。 「じゃあまた今度ね! じゃあ!」  花井さんが原付のキーを捻り、顔が見えているタイプのヘルメットを被った。防御力が低そうなタイプだ。  ペコリと頭を下げる。花井さんが片手をあげて「いいよいいよ」のポーズ。  どうやらそんなに悪い人ではないらしい。テニサーというだけで少し警戒していた私だけが駐輪場に残った。  何日か経ったあとの帰り際。 「山本さん、今帰り?」  再びテニサー……もとい花井さんが声をかけてきた。 「そうです。お疲れさまでした」と前回同様にスタスタと去る。悪い人ではないが、別に話すことはない。テニサーだし。     
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加