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4ケタ全てを回すわけではない。1ケタ目と4ケタ目をほんの少し変えるだけだ。なぜって、全部回していたら面倒この上ないから。一説によると、盗まれる自転車の9割は無施錠のものらしい。それを聞いた私は「これは良い話を聞いた!」と一瞬思ったが、いやいやそりゃあそうだろうとすぐ様に思い直した。犯罪者の100%はパンを食べたことがある、と似たような話ではないか。アメリカンジョークかよ。
冬の寒さに負けそうになる指先が番号を指定して顔を上げると、花井さんがいた。
「山本さん、ちょっとお話しない? コーヒー奢るからさ」
大学生にしれっと誘われる。さりげなさと、さりげなくなさの中間ぐらい。
「今日は少し遠慮しておきます。またお願い致します」
ペコりと頭を下げる。誘われる理由もないし、何より今日は寒い。
「そう、分かった。ごめんね声をかけて」
花井さんがそう言って、少し残念そうな横顔。
申し訳ないなと思ったが、一々気にしても仕方がないような気もする。
「じゃあまた今度ね! じゃあ!」
花井さんが原付のキーを捻り、顔が見えているタイプのヘルメットを被った。防御力が低そうなタイプだ。
ペコリと頭を下げる。花井さんが片手をあげて「いいよいいよ」のポーズ。
どうやらそんなに悪い人ではないらしい。テニサーというだけで少し警戒していた私だけが駐輪場に残った。
何日か経ったあとの帰り際。
「山本さん、今帰り?」
再びテニサー……もとい花井さんが声をかけてきた。
「そうです。お疲れさまでした」と前回同様にスタスタと去る。悪い人ではないが、別に話すことはない。テニサーだし。
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