消しゴム

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 母には、既に恋人がいるらしい。  こういうの、つまり浮気というんだろうけど。  金があってコンビニがあれば、別に何も困らない。  それに……困った、と誰かに漏らしたところで、一体何になるのか。  ただーー  暖かく自分の側にあったものがどんどん離れていく寒さは、防げなかった。 *  中学に進んですぐ、俺は素行の良くない連中と連む楽しさを覚えた。  何だか、とても楽だった。  そこにいればーー悩みからも、悲しみからも、離れられる気がした。  髪色も変えた。  今までのように、何かに押さえつけられている毎日がバカらしくて……なんでもいいから突き破ってやりたくて、仕方なかった。  鏡に映った俺は……  確かに何かを突き抜けたような、中身のない顔になっていた。  それでもーー  あいつのことは、気になった。  昔と全く変わらず。  隣のクラスで過ごすあいつが、何かに傷つけられていないか。泣いてないか。  一人きりで俯いてるんじゃないか。  そんなことばかり思った。  休み時間、廊下で友達と話すあいつを、つい目で追う。  それに気づいた途端、あいつは逃げ出すように何処かへ遠ざかった。  ーーあ。あいつを怖がらせてんの、むしろ俺じゃん。  その度に、自分の馬鹿さ加減に苦笑する。  なんで、毎日生きてるんだろ。  俺は、なんとなくそんなことを思った。 *    中2の夏。  怠さしかないプールが、また始まった。 「お前、高校行くつもりなら、授業はとにかく受けろ。 義務教育は中学までだ。その先は自己責任なんだからなーー後でいろいろ悩まれても、父さん助けてやれないぞ」  数日前の夕食時にボソリとそう呟いた父の言葉が、頭に残った。  元々無口で無愛想な男だ。心のどこかでは、息子のことも考えているのかもしれない。  そうやって夕食を一緒に取るのも、月に何回でもないのだが。  サボろうかどうしようか迷った末、渋々更衣室に向かう。  もうみんな着替えを終えて、プールサイドに集まり出している頃だろう。  そう思いながら、更衣室のドアを無造作に開けた。  その瞬間。  驚いたように、誰かが振り返った。  ーーあいつだった。  脱ぎかけたワイシャツから、白い首筋と肩先が露わになっている。  思いもよらない目の前の光景に、俺はぎょっと固まった。 「……やべ、遅れた」  やっと、そんな言葉だけが出る。
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