消しゴム

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*  中学になってから、俺はバレンタインになんだかやたらに女子からチョコをもらった。  全部いらなかったから、連んでる連中に全部やった。  その年のバレンタインも、レジ袋に適当に入れたそれをガサッと仲間に渡す。 「お前さー、なんつー罰当たりなワケ?」  皮肉交じりの薄っぺらい笑みで、そんなことを言われる。 「うっせーな。モテたいならタバコやめろ。ハゲるぞ」 「あ、そういえばさ。うちのクラスの花井馨、6組の澤田涼太にチョコ渡したって」 「えっうそ花井?すっごい可愛いのに真面目ちゃんだから俺らなかなか近寄れなかったのになー」 「澤田涼太ねえ。アイツすげえ大人しくて目立たねえけど実はキレーな顔してるよなー」 「だよなー。なんかそそられる」 「ぶははっ。お前らヤバいんじゃねーの?」  そんなどうでもいい噂話が……ぐさりと刺さるのを感じた。  数日後の昼休み。  小さく聞こえてくる女子達のおしゃべりで、そのことを知った。 「かおるー、やったじゃん!」 「おめでと!澤田君、優しそうだもんねー。いいなあ」 「……うん」  彼女の頬は、幸せそうな桃色に染まっていた。  中学3年の春。  俺は、花井馨に告白した。  断られても、何度でも繰り返した。  ーーあなたが好きだ。  どうしても側にいたい、と。  女なんか、口説くどころか告白すらしたことがなかった。  恋心も何も、そんな熱いものが湧き上がったことなんてない。  恋なんて全くしていないのに。  俺は、彼女が落ちるまで執拗に告白を続けた。  彼女は、苦しみ抜いて……やっと俺の求めに頷いた。  ーーただ、ぶち壊してやりたかった。  あいつは、何一つ失うことなく、ああして幸せそうに微笑んでいる。  ……俺はーー。  あいつに、失う苦しみを味わわせたかった。  置き去りになる苦しみを味わわせたかった。  かつてあいつが、俺にしたように。  けれど……  あいつは、悲しむ顔を一切見せなかった。  あいつが悲嘆に暮れたならーー俺はもう少し、この女を大切にしたのに。  俺の望むものは、相変わらず何一つ手に入らない。  俺は、すぐに彼女を捨てた。 *  
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