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「……じ、じゃ。先行ってる」
死に物狂いでなんとか着替えを終え、彼の視線を散々浴びた肩をバスタオルでぎゅっと覆うと、僕はつんのめりそうになりながら更衣室を飛び出した。
*
そんな夏が過ぎ、秋が終わり。
間もなく3年になろうとする、2月。バレンタインデー。
僕は、5組の女の子から、一つだけチョコレートをもらった。
大人しくて目立たないけれど、ふんわりと優しい笑顔の、小柄な子。
誰かに見られたりしないように、こっそりと恥ずかしそうに可愛らしいラッピングを差し出す、白くて柔らかそうな手。
「お家に着いてから開けてください。お願いします!」
やっとそう言うと、くるっと背中を向けて走って行ってしまった。
自分の部屋に着いてから、一生懸命作ってくれたことが溢れるように伝わってくるその包みを開ける。
チョコレートと一緒に、小さな手紙が入っていた。
『好きです。
すごく迷ったけど、思い切って告白しちゃいます!』
嬉しかった。
生まれて初めて味わう、甘く幸せな気持ちだった。
数日後の放課後、そっと彼女に応えた。
顔を真っ赤にして微笑む彼女の可愛らしさは、忘れられない。
時間を合わせて一緒に帰ったりしながら、やっと少しずつ二人でいる空気を楽しめるようになった3年の春。
彼女の表情が、ある日俄かに曇り始めた。
「……どうしたの?何かあった?」
「……ううん、なんでもない」
僕の問いかけに、彼女は俯いてただそう繰り返した。
そして、その1ヶ月ほど後、彼女は僕に切り出した。
ーー別れたい、と。
「……どうして?」
「ーーごめんなさい、本当に。
私のこと、軽蔑していいから」
彼女は、苦しげに僕から視線を逸らすと、ポツリとそんなことを呟いた。
それからしばらくして、知った。
ーー彼女が、少し前から彼に告白されていた、と。
彼は、なかなか首を縦に振らない彼女に繰り返し迫り、やっと頷かせた、と。
今、彼女は……彼のものだ。
怒りは湧かなかった。
美しくて、どこか守りたくなるような翳のある彼に本気で告白されたら、女の子はみんな揺らいでしまうのだろう。
きっと、当然の結果なんだ。ーーきっと。
悲しみが消えたわけではない。
けれど……彼なら、仕方ない。
僕は、彼に謝れないんだから。……僕が悪い。
ーー湧いてくるのは、ただそんな思いばかりだった。
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