足跡

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足跡

「今年は綺麗に咲いたなー。」 通学路として使っている河川敷には1本だけ桜の木が咲いている。 私は、この木が満開になる頃に彼と交わした言葉を思い出す。 「桜って怖いな」 「え?」 河川敷の桜を見ながら呟いた彼の言葉に、私は思わず聞き返してしまった。 「いや、桜の木の下には死体があるって言うだろ?」 「あぁ、確かにあるね。でも、それは梶井基次郎が〈あまりにも綺麗に咲き誇った桜には何かあるのでは〉って考えた散文詩だよ。」 「そうなの?」 「そうだよ?」 キョトンとした顔で聞いてくる彼に応えると、彼は嬉しそうに笑った。 「じゃあさ、もし俺が亡くなったらこの下に埋めて欲しいな。」 「なんで?」 「だって、そんなに綺麗だと思わせる桜の中で眠れたら幸せじゃないか。」 「んーそうなのかな?」 楽しそうに話す彼の言葉を私は理解する事が出来ないまま、その日を境に彼は消えてしまった。 彼の家に行くと、もぬけの殻となっており、隣人から彼が引越したことを告げられた。 引っ越したのなら何故言ってくれないのか、忽然と消えてしまった彼は本当にこの場所に私の隣に居たのだろうか。 そんな事を考えながら私は河川敷へ走っていった。春にしては冷たい風が私の目を乾かしても、流れ始めた涙は中々乾いてはくれなかった。 息を切らしながら河川敷に着いた私は桜の木の下を掘り、彼がここに居たという確かな跡を残すために、お揃いの鈴の音が付いたストラップを埋めた。 私にとっての彼の存在がいかに大きかったか、なぜ彼が他の女の子達と話している姿を見て胸が痛むのか。その感情に向き合ってはいけない、向き合ってしまえばもう一緒に居られないとしまったそれも彼が消えてしまったのなら意味が無いのに、想いを告げたかったなんて 「なんで今更...」
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