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おれの手は、周囲にあるすべてに触れられないのだった。
それどころか。
持っていたはずの様々なもの。大型の財布。電源を切っておいたスマホやペンライト。
タバコの箱やライターといった小物までもが、いつのまにか見当たらない。
確実に。上着の内ポケットに入れる癖をつけているはずの・・・・・・車のキーもだ。
どこにもない!
おれは自分の持ち物を何一つ、持ちあわせていないのだ。
それらは、どこに行ったんだ? いつのまにーーどこへ?
見当たらない?
そうだろうか。
急速に記憶が「あいまい」になってくる。
おれが一番忌避する「あいまいさ」。
実は。
ペンライトで、この家のあちこちを照らしたと思っただけじゃあなかったか。
すべては思いこみ、だったとしたら。
まぼろ、し、の、きおく、だったと、したら?
もしも
そうならば
おれはーーこのおれは。
今、薄明のなかで立ちすくんでいるこのおれは。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・今も、あの、とてつもない衝撃の瞬間は、忘れられない。
忘れようが、ない。
あの瞬間。おれは悟ったのだ。
悟りたくなくても。全否定したくとも。
紛うことなき「現実」が、ナイフみたいに突立てられたのだ。
おれは、この家に来て。ドアを開けて、なかに入り込んだ直後、
死んだ
ーーーーのだと。
脳梗塞か? 心臓発作か?
いやいや「死因」なんか、どうでもいい。
そんなことは、くそくらえ、だ!
そうして、それ以来。
おれはどこにも行けず、この家から出ることも出来ず。
薄暗いここにい続けている・・・・・・。
乗り捨てた形の、おれの車を誰かが見つけて通報したのだろう。
「おれの死体」は、どかどか廃屋に入ってきた連中によって「回収」されーーどこかに運ばれていった。
もちろん、おれはそいつらに訴えた。いっしょに外に出ようとした。
けれど・・・・・・無駄だった。
おれに注意をはらうやつは一人もいない。
そうしておれは玄関の外にはーー指一本出すことができないんだ。
玄関だけじゃあない。この家のあらゆる場所が、そうだった。
内部をうろつくことはできる。二階にも行ける。床にも座れる。
が、外部との境である壁や窓等には、いっさい触れない。通りぬけることもできない・・・・・・。
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