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サイン会では作家先生の隣に並んで座り、長蛇の列を作っているファンを僕は見守っている。ファンが購入した小説の本に作家先生がサインを書いて、少し言葉を交わす。そういう流れになっていて、僕がなにか仕事をするわけではない。そもそも人前に出ることが得意ではない僕だから、サイン会には顔を出すけれど、座っているだけでなにもしないことを条件にこの仕事を引き受けた。
―僕が誰かも明かしてないわけだから。作家先生のファンたちには、隣にいる僕は作家先生のマネージャーとか思われているかもな。ま、そんな感じで良いんだけど。
一応、次々と入れ替わっていくファンたちに愛想を振りまき、頭を下げて購入の礼を伝えて見送る。それくらいのことはやっていた。
そんなときに、ふと僕の前で一人のファンが足を止めた。
「握手をしてもらえませんか」
そう言って手を差し出してきた彼を、驚いたように僕は見つめる。
「……人違いをしているんじゃないか。どうして僕と握手がしたいんだ?」
「間違ってなんかいないよ。だって君は……」
彼が僕を見つめて喉を詰まらせる。
望んでやまなかった彼の姿がそこにあって、思わず口元が自然と綻んだ。
―……繋がった……。
抜け落ちていたものが元に戻った、そんな感覚がある。
「会いたくて仕方がなかったよ。お前に。……たぶん、待っていた。おかえり」
「ただいま、って言ってもいいのかな。戸惑ってるんだけどね」
以前よりもずいぶんと大人びたと思う。彼が笑みを見せて言う。
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