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風はまだ冷たい。少し肌寒く感じる。桜の花がようやく咲き乱れるようになった四月の中旬、高校の三学年に進級して半月が経ったある日、学校からの帰り道でのことだった。
軽快な声で話しかけてきたのはクラスメイトの小宇坂要だ。陽の光で少し茶色に見える瞳で、要は僕をまっすぐに見上げていた。
これまでその小柄な姿はよく目にしていた。でもそれはいつも背中ばかりで、この時に初めてまともに真正面から彼を見た気がした。
僕を見るその大きな瞳が和められる。小さな口元には笑みが浮かんでいた。まるで愛らしい小動物のような同級生、という印象を持つ。
要と僕は向かい合う。
「そっちも電車通学なのか。どっちの方面だ?」
「麻井原(まいはら)駅で降りるんだ。左近くんは?」
「その二つ向こうの日小名(ひこな)だ。同じ方向だな」
「じゃ、一緒に帰ろう? 時々さ、学校の行き帰りで左近くんを見かけていたんだよね。機会があったらそのうち声をかけてみようかなって、思っていたんだ。それがこのタイミングかなって」
「それは知らなかった。すまない。気づかなくて」
「気にしないでよ。おれが勝手にそうしたかっただけ。それで。同行していいの?」
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