出会い

78/116
前へ
/116ページ
次へ
 マンションに入って要の家に上がり込んでも、ずっと覚えがあるような気がしていた。  僕は要に訊ねる。 「僕はここを知っている気がするな。来たことがあるのか」 「あるよ。君は覚えてないだろうけど、ここで夏に花火を一緒に見たんだ」 「花火を見ただけか? こうやってひっついたり抱き合ったり、僕らはしなかったのか? お前と二人きりでいても? もったいないことをしていたんだな、僕は」  前を歩いていた要を背後から抱きすくめて僕はぼやく。  すると要のまとう空気がふっと、緩んだ。 「覚えてなくても。時が経っても。享士くんはやっぱり享士くんのままなんだね。王子様健在か。参るね」 「なに?」 「いや。こっちの心の問題。確かにね。あのころのおれと享士くんはね、互いを好きでも、互いに踏み込むことはしなかった。おれができなかったんだ。……当時は」  廊下を進んでいき、正面のガラス戸を要が開いた。 「どうぞ。勝手は知っていると思うけど。入って」  リビングルームに通される。室内には生活を感じさせる雰囲気はなかった。必要最低限の家具が置いてあるようなビジネスホテルなどのシンプルな部屋を連想させる。  間取りは知っているのに、まるで初めて訪れる部屋のようだと伝えると、家具や配置を一新したのだと要は言った。     
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

220人が本棚に入れています
本棚に追加