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「なにか飲むだろう? そこのソファにでも座っててよ。すぐに用意するから」
示されたのは革張りの白いソファだった。黒い毛皮のクッションが二つ置かれている。
対面式のキッチンに向かう要を僕は呼び止める。
「なあ、要。訊いてもいいか」
「なに?」
「僕はお前と過ごした記憶がない。今日、お前が現れなければ、お前のことを完全に忘れて生きていったと思う。どうして僕の前に戻ってきたんだ?」
「どうして、って」
「正直、嬉しくて震えた。覚えがなくてもお前だと思った。けど、要にとっては、あのまま会わずにいる選択肢だってあったんだろう? 僕の要に関する記憶がないのは、そうする必要があったからじゃないのか。お前が去ったのは、僕と一緒に……いや、僕の傍では暮らせないから。僕が理由とかじゃなくて、本当は、お前が住んでいる世界が違うのか……?」
僕の記憶を操作できるような力を要は持っている。信じがたいことだがそうだとすると、要は僕とは違う異質の存在である可能性がある。
要は同じ人間だ。けれど、現代の科学では解明できない力を宿しているなら、この世界の人間ではないのかもしれない。だから僕とはずっと一緒にはいることができなかった。
だから僕と一緒にいたときの記憶を消し去って、要はいなくなった。
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